ユーザー体験への誤解を払拭し、「UI/UX」表記を避ける

ユーザー体験への誤解を払拭し、「UI/UX」表記を避ける

スラッシュ区切りは不要

UI/UXUX/UI」という表記を見かける度に、身体のどこかがむず痒くなるような感覚に襲われます。それはまるで筐体/触り心地』とか『日本酒/風味の印象』と書いているようなもので、妙な違和感があります。これら二つの言葉は決して無関係ではないので一見それっぽい気がしますが、よく読むと、それぞれ包括する概念も、見る視点も異なる二つの事柄を無理にスラッシュ区切りにして“同一化”しようとする発想に基づいているのだとわかります。

UIを考える際にユーザー体験(UX)を考えないことなどほぼあり得ないのでUI」という2文字にはすでにユーザー体験についての意味が含まれていると捉えることが自然です。ですから、何かソフトウェアとかのユーザーインターフェイスを検討する場面で、シンプルに「UI」と書けば、自ずとユーザー体験(UX)についても言及することができます。もとよりスラッシュ以降など不要なのです。

対して、ユーザー体験(UX)を考える場面では、必ずしもUIについて検討しているとは限りません。ユーザー体験は、ユーザーが何かの人工物に触れたときに生じる心情についてであるため、UI設計とはまったく異なる視点で向き合う必要もありましょう。

そもそも、スラッシュ区切りにしてしまうと、スラッシュ以降を省略した表記との意味の差異を考慮しなくてはならなくなりますUI/UX」と「UI without UX」はそれぞれ別の意味を持つことの前提を作ってしまいます。しかしUI/UX」表記を用いるほとんどの人々はUI/UX」=「UIとUXの両方」くらいの意味合いで使っていますから、なんとも奇妙な言葉の認識が生まれてしまうわけです。

UI」と言いたければ単に「UI」と書けば良いのだしUX」と言いたければ「UX」と書けば良いのです。わざわざ二つをスラッシュ記号で合体させて「UI/UX」なる言葉を新造する必要はなく、特に設計のプロであれば尚更であります。

私はUI/UX」表記をするとどうにもにわかのように映ってしまうので、なるべく同列に扱わない姿勢をとるようにしています。またUX」ではなく「ユーザー体験」と表すようにしています。

ユーザー体験の解釈

ユーザーインターフェイスは“モノ”です。眼に見えて、手に取ることができ、数えられる物理の存在です。対してユーザー体験は“コトについての印象や記憶”と言えます。ユーザーの心の中にだけ存在する心情であるので、誰からも見えないし、触ることもできないし、境界が曖昧なので数えることも難しいでしょう。それに、モノは一つかもしれなけれど、体験は人それぞれに内在するわけだから、少なくとも十人十色の体験が存在していると考えなければなりません。

そもそも、ユーザー体験はデジタル製品、ソフトウェアだけに生じるものではありません。UIではない領域のユーザー体験も考える必要があります。この辺りはWebデザインの延長でユーザー体験を捉えている人々がよく誤解していることです。

では一体何がユーザー体験の定義なのか? と疑問を抱くと思うのですが、そもそもユーザー体験の統一的な定義は存在しないとされており、ここが混乱の発端だったりするわけです。定義がないのだから統一見解も定着しない。各々が独自に解釈して、なんとなくバズワードになった言葉が普及してしまっている。このような状況ですからユーザー体験UX」という言葉が曖昧なまま宙に浮いてしまっているのです。

私はユーザー体験」について納得できる一つの解釈として、次のように理解しています:

ユーザー体験とは ユーザーが人工物に触れる前、最中、そして後にかけて本人の中に生じる、個人的で主観的な心理プロセス。

  • 人工物との対話であること
  • 時間軸上での変化が存在すること
  • ユーザー本人の心理プロセスであること
  • 個人的で主観的であること

この解釈は、黒須正明氏の著書『UX原論 ユーザビリティからUXへ』で言及があり、私はこれを自身の解釈としています。

UXデザイン」への違和感

UXデザイン」という言葉が登場して久しいですが、ユーザー体験の解釈を前述の通りで捉えると、この言葉にも違和感を抱くようになります。そもそもユーザー体験はユーザーにとって個人的で主観的であるのだから、外部から他者が手を加えたり、“デザインされる”などという行為が行われて良いはずがないのです。まるで「水槽の中の脳」のイメージです。

体験場面設計・Design for UX

もちろん現実にはそんなことはないので、UXデザインの取り組みそのものを否定するものではありません。問題はその取り組みの名前です。ユーザー体験はデザインの対象ではなく、ある意味で結果の一つとしてみるべきなのですUXをデザインする」と言ってしまうからおかしいのであってユーザー体験のための環境設計」というふうに言い換えるだけで、この違和感はだいぶ払拭できます。私は「体験場面設計」Design for UXなどの表現が妥当と考えます。

体験場面設計」についてはまた別の機会で。

何でもかんでも「UX」にしたい症候群

何でもかんでも「UX」にしたい症候群とは、何か新しいデザイン的な取り組みを「UX」に置き換えたくなることです。最近はその症状が少し落ち着きつつあるように思いますが、ソフトウェア業界、IT業界を中心に、国内外問わずこの傾向はよく見られます。

例えばUIデザイン」を「UXデザイン」に言い換えたりUIデザインツール」を「UXデザインツール」と言い換えるようなことですUX」の方が範囲が広いというような発想なのかもしれませんが、先にも述べたように、UIを検討する場面でユーザー体験(UX)を考えないことなど実質的にあり得ないのだから、わざわざ線引きして、UXの方が上位であるかのようにブランディングする必要はありません。

ギャレットモデルにおける誤解

Jesse James Garret(ジェシー・ジェームズ・ギャレット)氏が2000年頃に発表した5段階スタックのダイアグラム、“The Elements of User Experience”(和名通称:5段階モデル)は、一見ユーザー体験の要素を表しているかのように思えます。しかしこの図はそもそもユーザー体験を5つのレイヤーに分割したものではないのです。

まず、デザインプロセスはユーザー体験ではありません。デザインを進める(作る)工程であって、ユーザーとはまったく異なる側の事情についてを指します。ユーザー体験はユーザーの心理プロセスであるから、モノの設計行為や作ることのプロセスとは明確に区別しなければなりません。

出典:http://www.jjg.net
出典:http://www.jjg.net

考えてみてください戦略要件構造骨格表層」これらが本当にユーザー体験の要素だと言えましょうか。どこかのコンサルが考えた戦略、システム開発会社が提示した要件、デザイナーが描いた構造や骨格、表層のスタイルが、ユーザーの体験を形作っているのでしょうか。一部には影響を与えているかもしれませんが、体験そのものはユーザーの心の中に生じたプロセスの結果であり、過去の記憶とも複雑に結びつきながら形成されたものです。特定の製品の戦略だとかによるものだとは言い切れません。

そもそも、これらの5つの要素は設計工程を示しているので、構成要素ではなくプロセスと捉えるべきです。戦略を検討する工程からインターフェイスの表層を検討する工程までのプロセスを俯瞰できる図なのです。

もうひとつ重要な点は、このモデルで着目すべきは5段階のレイヤーではなく、左右の2分割と合わせることにこそ価値があるということです。このモデルの多くの引用者は左右の視点を(意図的に)見落とし、5段階の部分だけを都合よく利用しています。確かにそこだけに注目すると、デザインプロセスの抽象度合いの説明としては便利であるのですが。

左右の2分割はWebデザインにおける視点の対応を表しているとされます。片側が「インターフェイスとしてのWeb」もう片側が「情報アーキテクチャとしてのWeb」です。それぞれの分野からWebデザインのプロセスを俯瞰したときに、何をすべきかということを簡潔に表しているのです。忘れがちなことは、これは「Webデザイン」についてであり、非Webには通用しない可能性もあるということです。アプリデザイン、空間デザイン、その他「-デザイン」とつく設計行為では、必ずしもこの5段階モデルの通りになるとは限りません。

ですから、“The Elements of User Experience”という名前は「何でもかんでも『UX』にしたい症候群」の現れであり、正確には“The Processes of Web Design”とするのが妥当でしょう。

Footnotes

  1. UX原論 ユーザビリティからUXへ』p58